相場修行:N225月足 1984-2002 (3 of 100)

本業が忙しく滞っていたN225の月足の続き。

休日や空き時間を少しずつさいてちょくちょく更新していたものがようやく完成。

今回の1枚はもっとも激しかった80年〜90年代を含むだけに、味わうようにゆっくり描いた。あまりのアップダウンに描いているうちに酔ってしまいそうになった(w

相場修行:N225月足 1984-2002 (3 of 100)

3枚接続の1番下の1枚目。 左端が1984年、右端が2002年。壮大な行って来い(笑

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長さ3メートル超えのながーい手描きチャート

ちなみに1984年〜2002年の値動きを、始値・高値・安値・終値の4本値で表すと

9,927 38,916 8,303 8,579

となり、高値と安値の差は、30,613円となる。

8,000円から30,000円後半の値動きのため1メートルの方眼紙をタテに3枚接続(つまり1mで1万円)、それでもちょっと足りない分は紙を切って付け足した。都合、約3m20cmほどの長さになった。

相場修行:N225月足 1984-2002 (3 of 100)

2枚目から天井の3枚目。爆上げ・瀑下げ。こうしてみるとヤリ天井だ

1986年あたりからガンガンとボラリティが上がっていく。ちなみにシンガポールで先物が始まったのが86年。大阪は88年から。89年に天井を打ってからも激しいアップダウンで目が回ってしまい、描いていて気分が悪くなった(ww

相場修行:N225月足 1984-2002 (3 of 100)

大天井の1989年12月 38,916円。林先生は1989年の6月から新日鉄の空売りを始めた。個別株のほうが天井は早かったらしい。

相場修行:N225月足 1984-2002 (3 of 100)

2002年の安値8,303円付近。

描いてみた感想

いや〜、しかし今では2000〜3000円のボラがあるとけっこう動いたと言う感じだけど、この時代は当たり前のように動いている。この動きの中で多くの人が「一夜大名一夜乞食」になっていったんだろう。激しすぎる(w

日経平均の月足は、あと1枚描くと現代までキャッチアップ出来るので、ようやく月足という最後の道具(最終兵器)を手に入れられそうだ。

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